映画のすすめ、「魔女見習いをさがして」
おジャ魔女どれみ20周年記念作品として公開されたこの映画は、しかしタイトルに『おジャ魔女どれみ』の名前がない。察した人も居たとは思うが『魔女見習い*1をさがして』とあるように、どれみ達が主人公の作品ではないらしい。*2
正直、筆者は『おジャ魔女どれみ』を全くと言ってもいい程度に覚えていない。一話を何となく思い出せる、登場人物を何となく覚えている。という程度。*3だからこそ、その程度の自分がこの映画を観て、「これはそのぐらいの人にも観て欲しい!」と、この記事を書いている。
子供の頃本当に魔法があると信じていた。
「みんなは大人になったら何になりたいの?」
そう聞かれ夢を答えた子供たちは今、大人になった。
教育実習でつまづき進路に迷う大学生”長瀬ソラ”、
望んだ仕事に就くも思うようにいかない環境にイラつく”吉月ミレ”、
夢に向かいお金を貯めるも駄目彼氏につい貢いでしまう”川谷レイカ”。
大人になった三人は、子供の頃は考えもしなかった躓きに戸惑う。
住む土地も、年齢も合わない、性格すら違う、
そんな彼女らが、幼少の頃観ていた『おジャ魔女どれみ』の舞台『MAHO堂』のモデルとなった場所で出会い、子供の頃観た夢と魔法に再び向かい合う。
と言ったあらすじ。
↑主要三人に主眼を置いた予告三つ
子供の頃の自分にとって、『おジャ魔女どれみ』はただのアニメだった。
そもそも昔観たアニメの内容は総じて殆ど覚えてない。
昔の自分は、時計を観て「あ、今日はあのアニメの時間だ」と思い出したように見るスタイルだった。時に数話飛ばしになる見方で、だから『おジャ魔女どれみ』もまた多くのアニメと同じく特別大きなイメージのある作品ではなかった。
しかし、それでも昔観たどのアニメも少しずつは覚えているのだ。
それは『おジャ魔女どれみ』も同じで、
何が言いたいのかと言えば、それは今の自分にも意味のあったアニメだったと思えるって話だ。
中でも『おジャ魔女どれみ』は、恥ずかしげもなく言えばきっと密かに勇気をもらっていた作品だ。
天真爛漫などれみに憧れ、「世界一不幸な美少女だ」なんて言う彼女に影響されていたと思う。*4
次々友達を増やし、いがみ合う相手もなんだかんだ助けてしまう彼女は、今少し観返しても純粋に素敵だと思えたから、きっと当時もそう思い、色んな人に話しかける癖ができたのだ。
それに、これは『おジャ魔女どれみ』に限った話ではないけれど、”魔法”という存在は未だに自分の中で勇気と夢や希望をくれる源だ。騒がしいガキ大将、大人しい女子、騒がし女子、そんな何となくリアルな小学校や、近所付き合いだったりを描く『おジャ魔女どれみ』の、その一話で登場する『人に正体を知られてはいけない隠れた魔女マジョリカ』の存在は、子供心に本当に魔法が存在するのだとわくわくさせてくれた。未だに『おジャ魔女どれみ』を一話だけはっきりと覚えているのはそういう訳だろうと思う。
子供の頃観ていたアニメは、自分にどんな影響を与えていたのか。
子供の頃観ていたアニメは、『おジャ魔女どれみ』は、みんなにとっても、小さな特別でない何かだったりしないか。
さて、この映画『魔女見習いをさがして』は子供向けアニメが20年を経て、その時子供だった人に向けたアニメ、つまり今の『おジャ魔女どれみ』らしい。
『おジャ魔女どれみ』を観ていた三人の少女*5が年を経て、再び少女の頃と同じように夢に、魔法に向かい合う。
三人は世界一幸せな美少女となるのだろうか。